『Sunny』は、『月刊IKKI』にて2010年12月から連載されていた松本大洋さんの漫画で、2015年10月発売の単行本6巻が最終巻となりました。
松本大洋さんの漫画は、子どもの心の中の風景が豊かに、そして繊細に描かれている印象があります。
この『Sunny』では、これまでの圧倒的な画力はもちろんのこと、セリフのテンポやコマ割のテクニックを駆使して、普通の人には理解しにくいであろう、
「児童養護施設に暮らす子ども達の心の動き、葛藤」
が、とても巧みに分かりやすく表現されています。
児童養護施設の子供達を描く
『Sunny』の舞台は児童養護施設の「星の子学園」です。
「親と一緒に暮らせない子どもが集団生活を送る施設」というと、ある程度大きな建物をイメージすると思いますが、『Sunny』で描かれる「星の子学園」は、施設といっても少しこじんまりとした家庭的なところで、入居している子ども達もそこまで大勢ではありません。
作者の松本大洋さんは少年期、親から離れて施設で暮らしていました。
漫画に出てくる「星の子学園」は、過去に松本大洋さんが入居していた施設がモデルになっていると思われます。
自分の経験を物語に
大洋さんは、自身が施設に入っていたことを「いつか漫画にしたい」と思っていたものの、なかなか気持ちの整理がつかなかったそうです。
施設にいる時はつらいことを沢山経験したため、そうしたことを表に出して良いのか、ずっと悩んでいたという大洋さん。
ただ、実際に漫画にしてみると、少し悲しいエピソードの方が読者の受けが良かったと、のちのインタビューで振り返っています。
迎えに来ない親を想う、子どもの切なさと葛藤と
「星の子学園」の子ども達は、両親を亡くして1人ぼっちになったという少女を除けば、全員が、親が健在であるにもかかわらず一緒に暮らせないという状況にあります。
それぞれの家庭ごとに事情はさまざまですが、子ども達は一様に親を信じ、迎えにきてくれる日を待ち望んでいるのです。
「いつかきっと迎えにきてくれる」
と信じる気持ち、それでも、
「自分は親に捨てられたのかもしれない」
と疑ってしまう気持ち。
同じような境遇を経験した人じゃなくても、『Sunny』で描かれている幼少期特有の切なさや痛み、大人への信頼と不審のはざまにある複雑な心境には、心当たりがある人も多いのではないでしょうか。
松本大洋『Sunny』の登場人物
『Sunny』の登場人物を簡単にご紹介します。
星の子学園の子供達
山下 静(せい)
横浜から母親に連れられて星の子学園へ。黒ぶち眼鏡のガリ勉タイプの少年で、性格は真面目。
しかし、母親からの連絡が途絶えてしまった時には、自力で「日産サニー」を運転して自宅のある横浜まで帰ろうとする暴挙を起こし…。
矢野 春男(ハルオ)
星の子学園の問題児。万引きやケンカ、不登校などで周囲に迷惑をかけるが、東京で暮らす母親の前では良い子の自分を見せようと努力している。
星の子学園に来てから髪がすべて白髪になってしまい、学校では「ホワイト」と陰口を叩かれることも。
物語はハルオを中心に描かれていて、松本大洋さんのインタビューを読む限りでは、ハルオのモデルが大洋さんであるように感じます。
「そんなんしとったら、お母さんに言うぞ」
って言われるのだけはいやだった。
知らないでいてくれ、って思ってた。
実際に、そういう自分を知ってたのかどうか、
話し合ったことはないんですけどね。
ぜんぶ知ってるよ、って言われるかもしれない。
最初に入れられた施設からも
ほかに移されてしまったりもするから、
たぶん、そうとうひどかったんだろう
とは思います。
純助(じゅん)
母親が病気で長期入院をしているため、弟の笑介(しょうすけ)と一緒に預けられている。ハルオとは同級生で、星の子学園では子分のように扱われることも。
おとぼけの天然キャラではありますが、学園の庭で四葉のクローバーを集めて、入院中の母親に届けたり、弟の面倒を見る優しい一面に癒されます。
めぐむ
両親を亡くして星の子学園で暮らす少女。ハルオに好意を寄せられるも、同じ施設で暮らす中学生のけんじに憧れている。
小学校ではたくさんの友達と遊ぶが、心の中では親がいないことに葛藤を抱え、自分が幸せになることが両親への裏切りになるのではないかと悩んでいる。
伊東 研二(けんじ)
星の子学園で暮らす中学2年生。姉の朝子と一緒に星の子学園に預けられている。タバコを吸ったり悪い仲間と付き合ったりする不良の面もあるが、新聞配達のバイトを真面目にするという勤労少年の一面もある。
時折町で見かける酒乱の父親に苛立ちを感じている。
施設で暮らす子供達を見守る大人達
たろう君
星の子学園で暮らす謎の大男。丸坊主で上半身裸、赤ん坊のように無邪気に生きている。
足立 稔
星の子学園の職員。常に薄い色のサングラスをかけて角刈りのような髪型をしているが、そんな怖そうな見た目とは違って根は優しく、子ども達のことを心から大切に思っている。
足立さんが子ども達に話す、何気ない言葉のひとつひとつに優しさが込められていて、なんだかじんわり胸が熱くなる場面もたくさんあります。
3つの視点で淡々と描かれる
『Sunny』は、「星の子学園」に預けられている子ども達と、その親。そして、施設の職員の人々という、3つの視点を持っています。
分類すればヒューマンドラマということになりますが、メインには子ども達の心象風景があり、時に幻想をも含めて、少年少女が少しずつ成長をする姿を淡々と描いているようにも感じます。
タイトルにもなっている『Sunny』は、星の子学園の庭に放置されている、廃車寸前の日産サニーのこと。
子ども達は施設の生活に息苦しさを感じたら、サニーの中に入って、しばし自分の時間を持てるようになっているのです。
大人の在り方を見直したくなる作品
子どもは、大人に守られる存在であるのが常識に感じるけれど、実際には「大人の方が子どもに守られている、あるいは育てられている」という面が多分にあって、子どもこそが、親を教育しているのかも知れない。
子育てをしていると、そんな風に感じる場面がたくさんあります。
『Sunny』を読むとあらためて、子どもは大人より何百倍も賢くて、何百倍も、「正しさ」の本当の意味が分かっているのだということを感じました。
大洋さんの少年期の想いが、『Sunny』によって美しい物語に姿をかえることができたというのは、すごく素晴らしいことで喜ばしいことなのです。
ただ、それにしても、親と暮らせない子ども達の苦労や苦悩を思うと、どうしようもなく胸が痛んでしまうのでした。
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